しかし、御顔を隠されると・・・
7平穏なときには、申しました/「わたしはとこしえに揺らぐことがない」と。 8主よ、あなたが御旨によって/砦の山に立たせてくださったからです。しかし、御顔を隠されると/わたしはたちまち恐怖に陥りました。 9主よ、わたしはあなたを呼びます。主に憐れみを乞います。(詩篇30:7−9)
詩人の平安は「主が味方である」「主がともにいてくださる」という確信ではないか。
彼は語る。
<しかし、御顔を隠されると/わたしはたちまち恐怖に陥りました。 >と。
主よ、あなたがわたしの味方であって、
わたしとともにいてくださることをいつも感じさせてくださいますように。
あなたの平安の中でこの地を歩むことができますように。
コメント
ダビデが自らの力を誇りたくて住民を数えた出来事の後 飢饉や疫病が起こり大変後悔した時の詩ですね?平安と恐怖
相反する言葉です。神を見ず傲慢になったとき痛い思いになったことたくさんあります。またそして神様を求める。いつもどんな時も神様を求めて平安に歩ませていただきたいと祈ります。人はすぐ有頂天になり神様を忘れます。特に私は・・・今日も神様がともにいてくださいますようにとお祈りします。